Today’s Bayside Arena

In 2011, Hope Japan team #2 worked at this building and the city library next. This week, they have an exhibition to show artworks of Tomihiro Hoshino. He is an inspiring Christian artist who paints with his mouth.

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Kenzo’s Testimony

Hope Japan was definitely the highlight of 2013. I believe through this experience I became closer to God and closer to the members of JIBC.

Key Events and People I met in Japan

Abe Sensei  – taught us  about his role in helping the tsunami victims.

Tomokawa  Sensei –  Gave us the opportunity  to worship with his congregation and see the ministry he does through his kindergarten.  We also got to eat a delicious unagi dinner.

Dawn Sensei  –  We prepared materials for the art projects, sang songs and cooked dinner for the people in the temporary housing units.  We also were able to go door to door distributing fliers inviting the community to the upcoming ministry events.

Hiroshi san- Drove Yuki and I to and the airport at the end of week 1. He was very generous to drive us to the airport at 5:30 in the morning.  It was such a beautiful sunrise that he even pulled over along the way, so we could take pictures of the sunrise .

God’s unseen hand of provision

God ordained this moment and all I had to do was to walk obediently and into the opportunity. For this, I give God all the glory.

God gave me a loving and supportive wife who was able to be at home taking care of the children. In addition he gave me the opportunity to take a week of vacation from my full time job. And in my part time job I was given more work with a pay increase and permission to attend Hope Japan.

I was also on the same flight as Pastor Yaso and had no difficulties arriving to our destination at Takajira Church.  Not only was I one of the youngest team members, but I was blessed to be with a number of women who were not only wiser than me, but really good cooks.  Let’s just say it beat eating the processed food from the convenient store.

God also provided me the opportunity to bond with my younger brother. I was able to spend time in work and prayer with him, and as a result we have become closer.

I returned safely and did not get sick or suffer from jet lag. I returned home in better health and in a better economic situation than before I had left.  God knows everything we need before we ask. I am thankful to serve a Gracious and Loving God; A God who is not interested in sacrifice or perfection, but a person with a willing and obedient spirit. This mission trip reminds me of the importance of Isaiah words:  “Here I am. Send me.”

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やすこYさんの感想

私は四国高松から腹話術の人形の愛ちゃんと共に参加させていただきました。

・北三陸

高松におられたダウン宣教師が北三陸で牧師として狭いアパートの二階に拠点を置いて、あちらこちらの仮設住宅を回っておられるところを、一緒に訪問させていただきました。
朝から今にも雨が降りそうな仮設の外の空き地に、車に積んできた来たテントを広げ、用意したおにぎりを広げ、軽食のひとときを持たせていただきました。そのうち雨がひどくなりテントを集まって来た方々の上に移動させました。みんなで膝を突き合わせて、丸くなってお話ができてとても良い時を持ちました。人形の愛ちゃんも用いられました。
帰りに仮設の窓から手を振ってくださったお婆ちゃんの顔が目に浮かびます。雨の中でもダウン宣教師の最高の笑顔が輝いていました。私たちもびしょ濡れになりましたが、心はさわやかでした。
昼から雨が止まず、次の仮設では一軒一軒ドアをたたいて訪問し、おにぎりを配りました。一軒一軒ドアをたたかれる先生の姿に、さすが宣教師だなあと思いました。私には勇気がありませんでしたが。

・南三陸

集会所で待っておられた方々は、オレゴンから来たチームということで外人が来られると思っていたようです。チームの方が手製の和服を着て、オレゴン州のアメリカ人のお茶の先生が作られたというお茶碗を使ってお茶会をされました。「お茶は初めて」「美味しかった」「ほっとしました」との言葉が嬉しかったです。お交わりする時間が短くて残念でした。
最後の日は、仮設住宅に住みながらレストラン(慶明丸)を開いている方を訪問しました。津波で店と共に流された「慶」という文字の入った看板がアラスカで見つかったそうです。しかも「慶」という漢字は、30年ほど前に亡くなったご主人の名前だったそうです。その奥様からゆっくりと津波の時の話を聞くことができ感動でした。話を聞いた後、その方の仮設住宅に行きました。近所のみなさんが待っていてくださってとても感動しました。短い時間しかありませんでしたが、みんなで「上を向いて歩こう」を歌いました。一人一人と握手した時の大きな口を開けて笑われる、あの笑顔が忘れられません。
見ず知らずの私たちをこれほど歓迎してくださったのも、震災後に南三陸で支援活動を続けておられる、森谷先生をはじめ皆様の地道な訪問のおかげであると思い感謝しました。

追記:

・台風

台風が夜に来るというので、夜に北三陸から南三陸へ移動することになりました。移動前に行った最後の仮設住宅の集会は子供さんが2名来られました。一緒に卓球をしたり、アメリカの動物の鳴き声の講座などとても喜んで下さいました。
その後で、ダウン先生と夕食をしました。そこではチームの皆さんは英語で話され、私はポカーンとしていました。でも笑いは絶えませんでした。言葉は違っていても、イエス様が私たちをつないてくださっていると思いました。
その後、5時間の道を宿舎の田尻教会まで戻りました(運転ご苦労様でした)。杉の香りのする素晴らしい教会堂、栗ごはん、トン汁の美味しかったこと。

・釜石にて

日曜日に「いっぽいっぽ釜石」で外国から帰国された若いクリスチャンたちと一緒に礼拝をしました。そこでメッセージされた牧師先生の夫人は、鼻から管を入れて咳の止まらない苦しみの中で支援活動を続けておられました。礼拝の後、3階建ての消防署に行きました。津波で中に避難した方が大勢なくなったとのこと。帰国者の方々と3-4人に分かれて祈りました。「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。 私の助けは、天地を造られた主から来る。」と聖書の言葉が語られ、励まされました。

素晴らしい充実した8日間でした。最後にもう一つの思い出を・・・

・手作りの袋

12日の集会でフェルトで被災者の方々と一緒に袋を作りました。みなさん最後まで縫って下さって、「これを記念に家に飾っとくわ」と言って下さいました。またオレゴンの方の手作りの編み物の帽子、ふんわりとしたマフラー、とても喜ばれました。温もりが私まで伝わってきました。オレゴンの皆さんありがとう!

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Before & After: Ishinomaki 芽生えた新しいいのち

Tsunami brought debris and oil to this yard. Because of the volunteers, including Hope Japan team, now we see greens! A new life is there 🙂

津波で汚染され、過去に各国からのボランティアが汗を流した畑。再び訪れてみますと、緑が戻ってきていました。悲しみの中にも、新しいいのちが芽生えて来ています。

After

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みさおさんの感想

・バークナー宣教師

今回の旅で一番印象に残ったのは岩手県の北三陸キリスト教会の牧師のバークナー先生です。初めてのイベントは10/12の仮設住宅(15棟)でした。仮設住宅に着いた時は予定時間を過ぎていました。
7人のチームの中で3人は会場の準備、4人は一軒ずつドアをノックしての個別訪問して、お茶の集まりに皆さんを誘います。私は個別訪問はしたくなかったのですが、その役目になりました。
訪問する前に、バークナー先生は訪問の仕方を教えてくれました。誰かが出てこられたら「おはようございます」と言って下さい。でも語尾を下げると失礼になるので、語尾を上げるように気をつけるよう言われました。
心を打たれました。言葉、話し方、これ程にまで、相手の心を思われる先生の心の温かさ、思いやり。
私はクリスチャンになって、初めての方に話しかけてイエス様のことを紹介する「伝道」というものに抵抗感がありました。しかし「伝道」は一方的に話すのではなく、まず第一に、相手の心を思いやる愛が大切であること。愛なんだ、愛がなくては訪問できない。そう気づかされた時に、心のモヤモヤがスーッと消え去りました。そして、言われた通り心ワクワクで、ドアをノックすることができました。

・80歳のご婦人

この訪問を通し、私の心に深く感動を与えてくださいました80歳のご婦人。お誘いしましたら「正式な茶の湯でしたら、おうかがいします。」と来てくださいました。茶の湯を始めようと、お部屋に入りますと、畳の上にこのご婦人と、もう一人のご婦人が静かに正座しておられました。
私はハッとしました。あまりにも、和敬静寂そのものだったからです。
一椀のお茶を飲み終えられますと、「心が落ち着きました」と本当に心から落ち着かれたご様子でしたので、二服目をおすすめしました。
二服目を飲まれた後、豊かな微笑みで「心が温かくなりました」と。
本当の豊かさを教えて下さった、大切な、大切な、お二人でした。一期一会。
お二人とも、津波で家もお茶の道具もすべて失いました。「震災後、初めてお茶をいただきました。ホッとしました」との事でした。

・南三陸の仮設住宅

仮設住宅に到着しますと、すでに25名ほどのシニアの方々がニコニコと迎えて下さいました。すぐに茶の湯が始まりました。お客様は3人ずつ椅子に腰かけ、お茶を退かれました。私は床に正座して、お茶を点てていましたので、皆様のお顔は見られませんでしたが、ワイワイ、ガヤガヤと、とても楽しそうでした。
「これが、テレビで見た茶道というもの」(方言でおっしゃったのですが忘れました)。
「正式のお茶は、はじめてさー」
「津波がこねーば、このお茶さ、飲めねかった」などなど、それはそれは賑やかでした。
皆様の笑い声をお聞きしながら思いました。「イエス様を信じ、イエス様に従って、この旅に来て良かった。本当に良かった。」
お別れに一人一人と握手をしました。お会いできたことに感謝をしながら。
その中の一人の方が涙を一杯ためて、私の顔をじーと見ながら、「病気さ持って生きるの、つらいだなー」と。(注:この感想を書かれたみさおさんは元癌患者です)。
その言葉を聞いた途端、今まで張りつめていた私の心の中の何かがはじけ、涙とともに流れ出たのです。涙が止まらなくなってしまいました。周りにおられた5-6人の方々も一杯涙をためて、「おらも、津波で全部流された。けんども、もう後ろはふりむかねー。あんたもがんばってな。」
なんと深い愛の言葉でしょう。なんと暖かな言葉でしょう。こんな過酷な状況の中で、他人をお案じることが出来るとは。
多くの出会いがあり、豊かな愛を一杯与えられました。

すべての栄光を創造主にお返しします。

感謝を込めて。

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やすこSさんの感想

Team members shared their experiences. If you can help translation, please let us know

・バークナ- 宣教師

日本人を愛し神を愛し人生を主に委ねて生きている姿はとても 美しく見えました. キリストを 知らない日本人にどうにか キリストをしって 欲しい彼女の思いが 私の心にひしひしと 感じました。津波で全てを失い仮設住まいの 人々を 慰めその 人達の 中に入り微笑みと 思いやり , 自分の国の言葉でなく もどかしそうな 日本語でいっしょうけんめい 仕えている。クリスチャンは 未だ0%。宣教師や 牧師の 仕事は本当に大変な 仕事だと つくづ思いました。祈りのたりなさに 恥ずかしい思いです.

 

・90才過ぎたお婆さん

津波を 3回も通られた お婆さん!! 全財産が 目の前で津波に 持って 行かれた. 今はやっと 生きてますと 悲しそうに話してくれたお婆さん, 私には何一つ慰めの言葉が なかった。私に解るはずがない. 津波の災害は残酷すぎる 1回でも 死にそうなほど 大変なのに3回も!!! 主よ主よ!と 心の 中で叫ん で いました , あと何年仮設住まいか もわからない , お孫さん 達に囲まれて老後を 楽しんでいる はずなのに 何もして あげられない 自分の 無力さを つくずく 知らされました。私達を おぼえて 来てくれただけで 嬉しいです と 言われた お婆さん、私のほうが かえって 慰められました。

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Before and After

Before (2011)After (2013)

We re-visited the building that we visited 2011 Hope Japan #1. Now, this area is mostly cleared, but this building is still here. It is like a memorial: Buses are stopped. People are bringing flowers.

2011, from this building, a young woman broadcast the warning, “Tsunami is coming. Please go up to the higher ground!”. Her body was found later at a beach far away.

2年ぶりに来ました。多くの方の努力により、当時の瓦礫を見ることはほとんどありません。  この建物はメモリアルのように残されていました。ひっきりなしにバスが訪れ、献花がされています。

震災時、ここから災害放送で「津波が来ます。高いところに逃げて下さい」と言い続けた女性。結婚を半年後に控えていた彼女は後に遺体で発見されたそうです。

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